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青森地方裁判所 昭和49年(ワ)89号 判決

原告 安田禮吉

右訴訟代理人弁護士 森田重次郎

被告 農事組合法人樋口農事組合

右代表者理事 佐々木高忠

右訴訟代理人弁護士 米田房雄

主文

別紙目録(一)記載の土地について原告が所有権を有することを確認する。

被告は、原告に対し別紙目録(二)、(三)各記載の建築物、施設および飼育中の動物を撤去して前項記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決第二項は原告において金六〇〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決ならびに主文第二項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙目録(一)記載の各土地(以下本件土地という。)はもと原告の所有に属するところ、被告は右土地につき賃借権を主張し、これを否定する原告との間で抗争中(青森地方裁判所昭和四五年(ワ)第一五三号事件。)、昭和四七年九月三〇日の和解期日に左記内容の訴訟上の和解契約(以下右訴訟上の和解の内容をなす私法上の和解契約を、本件和解契約という。)を締結した。

(1) 原告は、被告に対し本件土地を代金一億七〇〇〇万円(以下、本件売買代金という。)で売り渡す。

(2) 被告は、右代金を昭和四八年三月三一日までに原告方へ持参または送金して支払う。

(3) 原告は、被告に対し右代金の支払と引換えに本件土地の所有権移転登記手続をする。

2  原告は、被告に対し昭和四八年五月一四日付内容証明郵便をもって、右書面到達後四日以内に本件売買代金を支払うよう催告し、同時に右期日を経過した場合には本件和解契約を解除する旨の意思表示をなし、該書面は同年五月一七日被告に到達した。

3  被告は本件土地上に別紙目録(二)、(三)各記載の建築物、施設を所有し動物を飼育している。

4  被告は原告の本件土地所有権を争う。

5  よって原告は被告に対し本件土地所有権の確認と本件和解契約の解除に基づく原状回復請求として請求の趣旨第2項記載の裁判を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項記載の事実は、原告が本件土地の所有権を有することは知らないが、その余の事実は認める。

2  同第2項記載の事実は認める。

三  抗弁

1  原告と被告は、本件和解契約に際し右契約を解除しない旨約した。

このことは次の事情からも明らかである。即ち、本件和解契約の和解条項中には(1)被告が本件土地売買代金の支払を遅滞した場合には年六分の割合による遅延損害金を支払う。(2)被告が昭和四五年四月三日付の賃貸借契約に基づき原告に交付した金一二〇万円は原告がこれを取得する。との各条項が存する。従って本件和解契約の当事者は、被告が本件売買代金の支払を遅滞した場合には遅延損害金につき債務名義を与えることによって紛争の再燃を防ぎ紛争を最終的に解決する意図を有していたと考えることができる。

2  本件和解契約は訴訟上の和解として成立したものであるところ、右和解契約が解除されたら当事者間の実体上の権利関係は右訴訟上の和解成立以前の状態に復帰する。

よって、被告は本件土地につき賃借権を有することを主張する。即ち、被告は昭和四五年四月三日、原告代理人安田又之丞との間で本件土地賃貸借契約を締結した。

3  本件和解契約の契約条項中には、被告が代金支払債務の履行を遅滞した場合に右契約を解除できる旨の条項がないばかりか逆に抗弁第1項(1)記載のような特別の遅延損害金を定めた条項があるので、被告は、本件売買代金の支払を遅滞したとしても本件和解契約が解除されることはないものと誤信して本件和解契約を締結する旨意思表示をした。もし、原告主張のように本件売買代金の支払遅滞により本件和解契約が解除されるのであれば、被告が右意思表示をすることはなかった。よって、本件和解契約はその要素に錯誤があり無効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項記載の事実は否認する。

2  同第2項記載の事実は否認する。

3  同第3項記載の事実は否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によると、本件土地がもと原告の所有に属した事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  請求原因第1項中本件土地所有権の帰属を除くその余の事実および同第2項記載の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三  抗弁第1項

本件全証拠によるも右抗弁事実を認めることはできない。

被告は、同抗弁(1)、(2)の約定の存することをもって右事実を推認することができる旨主張するところ、たしかに≪証拠省略≫によれば本件和解契約に際し右約定のなされたことを認めることができるが、売買代金の支払を遅滞した場合に遅延損害金を支払う旨定めるのは通常のことであり、また、和解契約をなすにつき従前の法律関係に基づいて授与された金員の決済方法を定めるのも互譲の表われであって、右各約定の存することから直ちに被告主張事実を推認することは困難である。

四  抗弁第2項

1  被告は本件和解契約が解除された場合には当事者間の実体上の法律関係は右訴訟上の和解成立前の状態に復帰する旨主張するので、以下、この点につき検討を加える。

2(一)  訴訟上の和解は、訴訟の係属した後受訴裁判所(又は受命裁判官、受託裁判官、準備手続裁判官)の面前において、訴訟当事者が訴訟を終了させる目的で訴訟物である権利関係につき互いに主張を譲歩し当事者間の権利関係を確定することにより紛争を解決する合意である。

而して、訴訟上の和解の内容である私法上の和解契約が解除された場合、訴訟上の和解成立前の権利関係(紛争状態)に復帰するか否かは畢竟和解契約における当事者の合意の内容によって定まるものと解されるところ、右合意が、従前の権利関係および和解により確定された権利関係の内容とその異同、和解に至る経緯、和解条項等からみて従前の権利関係を基礎としてこれに条件、態様等の変更を加えたものにとどまらず、従前のそれを解消しこれと異った新たな権利関係を創設形成したものと認められる場合には特段の事情なき限り和解契約の解除により従前の権利関係に復帰することはないものと解するのが相当である。

蓋し、このような場合、和解契約の解除により従前の権利関係に復帰するものとすれば、当事者は、紛争を終了させる目的で従前の権利関係と異った新たな権利関係を確定したにも拘らず、その一方の債務不履行により和解契約が解除されるや再び従前の紛争状態に逆戻りして抗争することになり、右紛争の再燃による他方の不利益は大きくその結果は和解における当事者の意図とかけ離れたものとなって極めて不合理だからである。従って、右のような和解契約が成立した場合、爾後の当事者間の、権利関係は、専ら、和解契約により新たに確定されたそれによってのみ律せられ、たとえ訴訟上の和解の内容をなす和解契約が債務不履行により解除された場合でも、従前の権利関係(紛争状態)に立ち戻ることなく、和解契約の不当利得法的処理即ち原状回復のみで足りると考えるのが相当である。

(二)  これを本件につき考える。

本件土地がもと原告の所有に属したことは前認定のとおりであるが、≪証拠省略≫によると、原告は被告が右土地を不法に占用するとして被告に対し本件土地上の建物等収去土地明渡請求訴訟を提起し、被告はこれに対して昭和四五年四月三日原告代理人安田又之丞との間で本件土地賃貸借契約を締結した旨主張して抗争し、右訴訟では右賃借権の存否を主要な争点として争われてきたが、結局両当事者は、右賃借権の存否について触れることなく新たに原告が被告に本件土地を売り渡すことを主要な内容とする本件和解契約を締結し、その旨受命裁判官の面前で陳述し、本件訴訟上の和解が成立したことが認められ、右和解条項中には本件和解契約が解除された場合賃貸借契約の存否につき再び抗争することを前提としているとみられる約定は認められない。右のとおり、本件和解条項の内容、和解に至る経緯、和解前の権利関係の争点が本件土地賃借権の存否であり、和解契約により確定された権利関係が売買による本件土地所有権の移転であることなどに鑑みると、当事者らは本件土地につき、従前の占有使用権限を廻る権利関係を解消し、これと別個の権利関係を確定することにより従前の紛争を終了させることを意図したものと解することができる。右和解条項中金一二〇万円の処理に関する約定の存在も右意図を何ら左右するものではない。従って、本件和解契約の解除により、当事者の権利関係が本件訴訟上の和解以前の状態に復帰することはなく、被告において再び本件土地の賃借権を主張することはできないものといわなければならない。よって抗弁第2項は理由がない。

五  抗弁第3項

被告は、本件和解契約は仮に債務不履行があっても解除されることはないものと誤信して右契約を締結する旨の意思表示をしたもので、右意思表示は錯誤により無効であると主張する。

仮に被告の主張のとおりであるとしても右は動機の錯誤に該当するから右内心の意思(誤信の内容)が本件和解契約の締結に際し相手方に表示されているか、あるいは契約内容および契約に至る経緯などから本件和解契約が解除されることはあり得ない旨誤信するのが当然であると認め得る特段の事情のない限りその意思表示の無効を主張し得ないと考えるのが相当であるところ、本件全証拠によるも右各事実、事情を認めることはできない。

なお、被告は本件和解条項中に被告に代金支払債務の履行遅滞があるとき解除をなしうる旨の約定がないことおよび抗弁第1項(1)記載の条項があることを以て前記誤信をしたのは当然であると主張するかの如くであり、≪証拠省略≫によると右解除に関する条項のないことが認められ、右抗弁第1項(1)記載の条項の存することは先に認定したところである。しかし、和解契約も一個の双務契約である以上その旨特に定めなくとも債務不履行があれば解除しうることは当然であり、また和解契約に際し抗弁第1項(1)記載のような条項を定めるのも先に認定したように通常のことであるから、この点についての被告の主張は失当である。

よって抗弁第3項も理由がない。

六  請求原因第3項記載の事実は被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

七  本件訴訟の経過に鑑みると、被告が本件和解契約の解除は効力が生じない旨主張し、原告の本件土地所有権を争っていることは明らかである。

八  以上のとおり、原告の本訴請求は結局全て理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 中野久利 石田敏明)

〈以下省略〉

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